様々な戦争の側面_母校から学ぶ
私の母校、明治大学農学部がある生田キャンパスには
昔、旧日本陸軍の秘密の研究所がありました。
「登戸研究所」と言われ、秘密戦のための兵器の研究が行われていました。
風船爆弾の開発、微生物兵器研究、動物実験や人体実験、偽札製造など。。。
人道上や国際法規上、大きな問題のもの、ルール違反のこともされていました。
終戦後、閉鎖されましたが、現在は大学内に明治大学平和教育登戸研究所資料館として、そこで行われていたことを学べるように資料などが展示されています。
私は入学してからこのような土地に大学が建っていることを知りました。
入学する前、受験生だったときは、ちょうど俳優の向井理さんがブームになり始めた時で、向井理さんは明治大学農学部の卒業で、学部生の時に優秀な研究をしたことをよくテレビに出演して取り上げられていました。
また、私が在学中は当時CanCamモデルだった山本美月さんも農学部に在学中で、私はそれぐらいしか明大生田キャンパスのことを知りませんでした。笑
こんな歴史があるなんて。。。
でも学生時代はあまり自分の内側に入れたくないような、できれば見たくないような、そんな気持ちでいました。
登戸研究所跡だからか、たまに大学内にある本屋さんの目立つところに「負の遺産コーナー」が作られ、日本や世界が抱える負の遺産に関して書かれた本がたくさん集められていました。
それを見ると重い気持ちになり、出来れば目を背向けたい気持ちになりました。
でも今、世代間トラウマをヨガで学び、自分が様々な経験をして、これは怖いものではないんだと思えるようになりました。
戦争の話を聞いたり感じて、明るい気持ちになる人は少ないと思いますが、すごく暗い気持ちになったり、どうしても避けたい気持ちになるのは、もしかしたら自分の肉体にその記憶が残っていて、触れられるのが怖いからなのかもしれないなと、今は思います。
↓これは明治大学が出している登戸研究所資料館の説明用の動画です。怖いものではないので宜しければご覧ください。
動画にもあったように、ここで働いていた人は、自分がやっていたことを人に話せず、戦争が終わっても、その責任を背負って過ごしていた。。
もしかしたら、誰にも話せずに亡くなった方もいるかもしれません。
話せないって辛いですよね。。。
もしもこういうものが世代をまたいで身体に残っていたら、なんとなく秘密を抱えてしまう、自分のことは人に話していけないという観念が無意識に染み込んでいるかもしれません。。誰にも胸の内を打ち明けることが出来ない。。
この感覚をもしも身体で感じることができたなら、開放のチャンスなのです。
何かの感覚が身体にある、漠然としていて言葉では表せないようなフェルトセンスを感じられれば、それを開放に向かわせていけます★
それが思考や会話ではなく、身体に意識を向けるから、記憶がないのに出来ていきます。
もう一つ明治大学が作成した動画を載せておきますね。30分あって少し長いですが、参考になるので宜しければ。
この動画の中にある、ヒマラヤスギの木陰でよく、勉強の合間に友達とおやつを食べて過ごしていました。また、農学部の授業の植物スケッチもやったりしていました。絵が苦手で、スケッチは本当に苦痛でしたけど。。何回もやり直しでした。笑
動画の中で、「教養」とは?のお話の中で「今そこにないもの、つまり時間的にも空間的にも隔ったところを想像する、そのための知識が教養なんだ。遠い場所とも結びついているし、遠く隔った時代の痕跡は今も必ず生きている。」と理工学部の先生がお話しされていて共感しました。
時間的にも空間的にも私たちは多くのものを共有しています。
過去があって、今があるから、そこから続く未来がある。
今を私たちは体験しているけれど、この『今』をどう生きるかは過去にも未来にも影響を与えることができると私は思っています。
少し重たい内容に感じたかもしれませんが、戦争には様々な側面があります。
戦争に行って戦った人だけでなく、戦時中を経験したすべての人に今では考えられないドラマがあると思います。
戦争トラウマを扱うのが「命の繋がりを感じるヨガ」のメインテーマではありませんが、出てくることもあります。
身体に残る貴重な記憶に耳を傾けてみませんか?
解放された時には、光に変わっていきます。
↓ご興味のある方は宜しければ登戸研究所資料館に関する大学のHPを載せておきますのでご覧ください。
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